


外壁の内側を作っていきます。
幅5ミリ、厚さ1ミリの板を上部切り込みの下に接着します。
この板は壁から露出している柱の一部です。
窓の上と下に横桟を付けます。
南面の壁に出っ張りが有ります。
これは、城門の庇のように見えますが、石落としです。
厚さ2ミリの板をこのように削り出します。
厚さ1ミリのスチレンボードの両端に接着します。
壁の外側は漆喰が塗られているので白色ですが、内側は木材ですので、木の色に着色したスチレンボードを接着します。
壁の外側に接着します。木の部分は白色に塗装してあります。
内側はこのようになっています。
四面完成しました。
名古屋城の天守は、狭間の外側は漆喰で埋められていて、狭間が有る事がわからない隠し狭間になっています。
狭間には蓋が付いていて、敵が攻めてきた時には蓋を外し、漆喰を打ち抜きます。写真では右側に見える狭間は蓋が取って有ります。
狭間の有る箇所に鉛筆で三角マークを書きます。
一層の狭間は56カ所有ります。
外壁を接着しました。
内側から見た所。
上部の切り込みは梁が通る所です。
これから梁を制作します。

一層の外壁を作ります。
昭和実測図から採寸して窓を開けます。
外壁と身舎は梁でつなぎます。
梁の通る部分に切り込みを入れます。
カッターナイフで窓を切り抜きます。
窓の大きさは縦15ミリ、横10ミリです。
窓には格子を取り付けます。
幅2ミリ、厚さ1ミリの板を窓の高さより1ミリ長く切り出します。
オイルステインに浸して焦げ茶色に着色します。
格子を壁の裏側から取り付けます。
まず上辺を窓の上部に当て、下辺をこじ入れます。
下辺はこじ入れた事により少し壊れますが、窓の上部、下部には桟が通りますから隠れます。
表側から見たところ。
格子の幅が少し広すぎます。1.5ミリ幅の板が有ればいいのですが無いのでこれで妥協します。
窓の下部には敷居が飛び出したような部分が有ります。
ここには降り込んだ雨水を排出する樋が取り付けてあります。
全体図ではよくわからないのですが、正面中央の破風板を見ると、凹型の樋で有ることがわかります。これは銅板でできていたということです。
しかし、今有るコンクリート造りの天守閣には水抜きの樋が有りません。
模型の場合幅2ミリしか無いので樋まで表現する事ができませんので、現在の天守閣と同じ形にします。
これで壁一面の表面が完成しました。
あと三面作った後、裏面を作ります。

ここまでは、主にヒノキ材で作ってきましたが、外壁は住宅模型に使われる紙張りスチレンボードを使います。
スチレンボードというのは、ポリスチレンフォームでできたボードの両面に上質紙を貼り付けたものです。
一層から三層までは5ミリ厚のスチレンボードを、四層と五層は4ミリ厚のスチレンボードを使います。
これを直角に貼り合わせると、スチレンボードの切り口が見えて見栄えが良くありません。
切り口が見えないようにするには、断面を正確に45度に切る必要が有ります。
少しでも45度からずれると写真のように直角になりません。
そこでよく使われるのが「紙一枚残し」というテクニックです。
スチレンボードは厚さ0.1ミリ程度の上質紙が両面に貼って有りますが、接着する部分の紙だけを残して残りを取り去ります。
残した紙の上にスチレンボードを直角に接着します。
残した紙でスチレンボードの切り口が隠れ、綺麗に仕上がります。
これまでに作ってきた各層は、4ミリ厚のシナベニヤの上に作ってあります。
スチレンボードの壁をその上に乗せると、シナベニヤの断面が見えて見栄えが悪くなりますので、この断面も残した紙で隠します。
壁の表面は漆喰が塗られているため白色ですが、内側は木材が使われていますので白色のままでは不自然です。
裏面だけ薄茶色に塗装します。
これは、紙とポリスチレンフォームの間にカッターナイフの刃先を入れる道具です。
カッター替え刃の下にもう一枚の替え刃を1センチほどずらして接着してあります。操作しやすいように木片をセロテープで貼り付けました。
刃先をスチレンボードに差し込み、この道具を滑らせると替え刃一枚分の厚みだけ残す事ができます。
替え刃の厚みは0.3ミリ程度で紙1枚よりは厚くなるのですが、特に問題はありません。
次に、シナベニヤの厚みだけカッターナイフで切り込みを入れていきます。
紙を切り抜かないように慎重に刃先を滑らせて行きます。
紙に到着寸前まで切り込んだら端を折ると余分な部分が取り去られます。
五層分の壁板を作りました。接着部分は紙一枚残しで取り去ってあります。
仮組みをしてみました。
これから窓を開け、格子を付け、内側に柱と窓上下の桟を付けます。
身舎と外壁は梁でつなぎます。

三層の階段周りは復元イメージを見て格子を作ったのですが、改めて昭和実測図を確認すると、格子の高さが違う部分が有りました。
踊り場近くの板を取り外し、格子を作り直して取り付けました。
その隣の格子の有った板も取り外し、格子の無い板壁としました。
外側から見たところ。
内側から見たところ。
四層から五層への階段を作ります。
この階段だけは支えの柱が有ります。
階段パーツを作ります。
まず踊り場までを仮り取り付けします。
ここにも格子が有りますから、板を2枚はずしスリットを入れます。
階段上部と支えの柱を取り付けます。
格子を付けた板を2枚張り付けます。
この階段の下には、3層への階段廻りの欄干が有ります。
四層へ上る階段はこの欄干の上に設置されます。
図面と写真を見ると、欄干の支柱の1本が階段の登り口の支柱と共用されていることがわかります。
こんな形になりました。
五層、四の間に欄干を作ります。
四層から上ってくると三の間に出ます。
五層の復元イメージです。
これで階段は全て完成です。
次からは外壁を作って行きます。

三層から四層への階段を作ります。
名古屋市の復元イメージを見ると、壁に格子が有ります。多分、明かり取りでしょうね。
すでに取り付けて有る鴨居より上の板6枚を取り外し、スリットを入れて戻します。
引き戸の部分は新たにスリットを入れたものを2枚作り、接着します。
こんな形になりました。
格子を省略していた一層の階段周りも格子を付ける事にしました。
三層の階段は長い踊り場を介して180度向きを変えています。
階段パーツ2個と踊り場パーツを作ります。
仮取り付けしてキッチリ収まるか確認します。
手すりと欄干を作ります。
完成形です。
フィギュアを置いて大きさがイメージできるようにしてみました。
大人は実寸に換算すると身長177センチ、子供は130センチほどです。

二層から三層への階段を作ります。
階段は同じ物を二つ作ります。
下図のピンク色の階段は「御成階(はしご)」と言います。「階段」では無く「階」で読みは「はしご」です。
寛永11年に将軍徳川家光が来城の際に使用したためにこの名が付けられたそうです。
表階段は流しの横に有ります。いわゆるお勝手の横を将軍に通らせないために特別に専用階段を作ったと思われます。
金城温古録には以下のような記述が有ります。
「御物置の間戌亥隅に有り 是、公儀御成の御設か、常に鎖して通用無之故、見難し。
階段、井桁の間の東南ありて、是より二重の台へ登る」
御成階は一層と二層だけに有り、三層から上には有りません。
綠色の階段は昭和実測図では「表階段」となっています。城主はこちらの階段を使いました。
御成階は踊り場の上の部分は隣の部屋に入っています。
階段が通る部分の板壁を取り除いたのですが、この隙間を通す事ができません。
階段を2分割して取り付ける事にしました。
一層への降り口にコの字型の欄干を取り付けていたのですが、名古屋市の木造復元イメージを見ると、壁側の手すりが無く、L字型になっています。
落下防止が目的ですので、壁際の手すりは不要なわけです。
コの字型の欄干を取り外し、L字型の欄干を取り付けました。
表階段を取り付けました。
床からのショットです。
御成階を取り付けました。
まず、踊り場までの下の部分を接着し、上の部分を踊り場に接着します。
床からのショットです。
名古屋市の木造復元イメージでは、こうなっています。

三層の床に欄干を取り付けます。
ここはコの字型です。

一層、北東の角の部屋は「金城温古録」には「井桁の間」と書かれています。
井桁とは井戸枠のことです。
井戸は地下に有るのですが、その上の一層からも水を汲み上げる事ができるように床に穴を空け、井桁を置いてあります。
天井の梁に滑車が取り付けられ、この井桁から地下の井戸まで釣瓶を降ろし、水を汲み上げられるようになっています。
井桁の間には「刀架」も有り、ここに刀を置いて奥へ進んだものと思われます。
しかし、昭和実測図では板敷きになっていて、流しも井桁も有りません。
井桁の有った部分は3枚の板で塞がれているようです。
江戸時代には有ったけれど、昭和実測図が作られた時点では取り去られていたようです。
昭和実測図の地下にはしっかりと流しと井桁が書かれています。
地下の井桁は「金城温古録」にはこのように記されています。
一層の井桁は地下のものに比べると薄くできています。
これは、地下に有る井桁の実物大模型。
コンクリート天守閣の地下に展示されていました。
刀架を作ります。これは簡単ですね。
4ミリ幅の板を接ぎ合わせ、流しを作り所定の位置に張り付けます。
刀架も接着します。
井桁を作ります。
2ミリ幅、長さ22ミリと14ミリ、厚さ1ミリの板で井桁を組みます。
18ミリ角、厚さ3ミリの板を井桁でサンドイッチにし、上蓋を被せます。
井桁の飛び出した部分(長さ2ミリ)は厚さ1ミリなので、厚さ1ミリの板を重ね全体が2ミリ角の井桁になるようにします。
流しの中央に井桁を接着します。
頭上の太い梁に滑車が付いていたのでしょうね。

階段出入り口廻りの欄干を作ります。
これが完成形です。
支柱と手すり部分は2ミリ角の角材、途中の横木は直径1ミリの丸棒を使います。
支柱になる2ミリ角の角材に直径1.2ミリの穴を空けます。
電動ドリルを使うと角材を破壊してしまいますので、ドリルビットの六角軸を指先で持ってねじ込みます。
横木の丸棒は1ミリ角の角材の角を落として作ります。
適当な板に直径1.5ミリ、1.2ミリ、1ミリの穴を空け、太い穴から順番に角材を通していくと、細い丸棒ができます。
2ミリ角の支柱を作ります。
長めにカットした角材の中央付近に丸棒の通る直径1.2ミリの穴を空けます。
直径1ミリの丸棒を通してカッターマットに両面テープで貼り付け、所定の長さにカットします。
支柱3本の穴に丸棒を通します。
2ミリ角の手すりを付けた後、支柱に浅く1ミリの穴を空け、丸棒をねじ込みます。
2つ連結して最後に2ミリ角の手すりを付ければ完成です。
二層の階段出入り口廻りに欄干を接着します。

江戸エリア一層の階段を作ります。
江戸エリアの階段は昭和実測図どおりに作らなければならないのでかなり手間がかかります。
踏み板部分は令和エリアと同じ作りですが、手すりが全く違います。
使える材料は2ミリ角と1ミリ角のヒノキ棒ですので細工が大変細かくなります。
江戸エリアの引き戸は取り去った状態で作って有りますが、昭和実測図の赤で塗った部分は階段に接する部分なので板壁になっています。
この赤色部分は厚さ1ミリの板で塞ぎました。
図面右下の2カ所は格子戸になっているようですが対応できないので他と同じように板で塞ぎます。
一層の階段の模型が名古屋城の近くに有る階段体験館(ステップなごや)に展示されています。
この写真と昭和実測図を参考に作ってみます。
4ミリ厚の板を貼り合わせます。
幅は踊り場の下が19ミリで上が17ミリです。
こういう形に組み立てます。
手すりの支柱は2ミリ角の角材を使います。
断面積が小さすぎて接着剤だけではしっかり立てられません。
ここもホゾ組が必要になります。
支柱を立てる位置に1ミリの穴を空けます。これがホゾ穴になります。
2ミリ角の棒の先端にホゾを作ります。
階段の1ミリの穴に角棒をねじ込み、接着します。
手すりの高さで角棒をカットし、手すりを通す穴を空けます。
1ミリ角の棒の角を削り、直径1ミリの丸棒を作り、穴に通します。
これが完成形です。かなり不細工になりましたがこれが精一杯です。
所定の位置に接着します。
上から見たところ。

梁は柱と接する部分だけ作っていますが、特に大きな梁を4本付けます。
一層見上図で二層床張りがどうなっているかわかります。
焦げ茶色に塗った部分が付け加える梁です。
一番太い部分は二尺八寸(85センチ)ですから、82分の1では約1センチになります。
こんな感じになります。
二層見上図で三層床張りを見ます。
焦げ茶色に塗られた梁が天守閣内で最大のもので、元口73センチ、末口60センチ、長さ17メートル有ります。
この梁には岩手県奥州市の月山神社に自生する月山松を使います。
樹齢400年、根元の太さ90センチ、高さ30メートルの赤松を切り出しました。
こんな感じになります。
完成がいつになるのか、果たして完成するのかもわからない木造天守閣ですが、木材はすでに調達されています。
桧1367本、松692本、欅264本などが岩手県、岐阜県、愛知県、奈良県、高知県の倉庫に保管されています。
木造復元の総事業費は505億円。そのうち木材の調達費用は94億円ほど。加工費も含めると203億円になるそうです。その他木材の保管料が年間1億円ほどかかります。
木材の平均単価は400万円ほどになるのですが、三層床張りに使われる月山松は数千万円だそうです。
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