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11月 29th, 2018

秋たけなわ

みのりさんのユーザアバター
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今年は暖かいせいか、イチョウの黄葉も少し遅めです。

マンションの北側の桜の並木は、ほとんど葉を落としていますが、南側のイチョウは、これから葉を散らし始めます。

高さが6階のあたりまできている大銀杏。
数年前に大剪定をして、次の年は哀れな姿で、ギンナンもなりませんでした。
その次の年は、わずかばかり実をつけ、去年は普通、今年は大豊作でした。

黄色というより、少しオレンジ色かがってきて、まさに、秋たけなわ。

10月 13th

名古屋城木造天守閣模型を作る(37)

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5階の屋根が完成しました。
大棟の上に金鯱を乗せれば完成です。

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鯱は姿は魚で頭は虎、大棟の両端に取り付けられ、天守の守り神となっています。
天守が火事の際は口から水を噴きだし火を消すとされています。
夫婦一対で、北側が雄で南側が雌です。
雄の方が少し大きく、口の開きが少し大きめです。
創建時に使われていた金は、慶長大判にして1,940枚分、純金量に換算すると218kgに相当します。
尾張藩の財政難の時にはこの金が使われ、代わりに純度を落とした金が貼り付けられました。
これが3度繰り返されました。現在は18金の金板が88kgで、純金量換算で66kgしか有りません。

この実測図や写真を撮るために足場が組まれていたのですが、この足場を利用して金の鱗58枚が盗まれています。
その後金鯱はどうなったかと言うと、戦災で天守閣が焼失した後、6.6キロだけ溶解状態で焼跡から発見され、金の茶釜と名古屋市旗の傘頭に作り直されています。
ですから現在の金鯱には元々の金鯱の金は使われていません。

名古屋城総合事務所所蔵

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細工が細かくなると木の端からポロポロと崩れてしまうので、ヒノキ材で作るのは断念、既製品を使う事にしました。

海洋堂製のフィギュアです。さすが海洋堂、細工が細かいです。
サイズは若干小さめです。

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エポキシ系接着剤でくっつけます。
金ピカで無いのでヒノキ材とマッチしています。

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完成です。
東面

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西面
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南面
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北面
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北東から
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南東から
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石垣は詳細な図面が入手できたら考えてみたいと思います。

10月 10th

名古屋城木造天守閣模型を作る(36)

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まず、南面と北面の屋根を作ります。
この上に破風板が乗ります。

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破風板を取り付け、大棟を作ります。
母屋と斜交いを取り付け、東面と西面の屋根を貼る準備ができました。

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10月 6th

名古屋城木造天守閣模型を作る(35)

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1階から4階までの窓は壁に穴が開いていて格子がはまっているだけですが、5階の窓は意匠が凝らされています。

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まず窓を作ります。

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いよいよ棟上げです。

棟持ち柱と母屋を乗せる柱を立てます。

本当は棟木を乗せてから屋根などを作って行くのですが、南面の破風板と北面の破風板の間隔が正確にわからないので、棟木と母屋を乗せるのは破風板を取り付けてからにします。

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金城温古録には、2階から4階までは畳の数だけ書かれており、何も置かれていなかったと書かれています。
しかし、5階だけは特別で、詳細な記述が有ります。
どうやら5階は何らかの儀式に使われていたようです。
1階から4階までは天井が無く、梁が向きだしですが、5階は黒漆塗りの豪華な格天井が有ります。
5階は各部屋に部屋名が有り、階段の有る部屋が四の間、階段を出た所から反時計回りに三の間、二の間、一の間となっています。
部屋と部屋の仕切りは無く、素通しで有ったと書かれています。

一の間には大・中・小の櫃(箱)が置かれていました。中身は不明です。
二の間には御祓い棚が長押の上に設けられており、尾張三社の御祓箱が置かれていたようです。
三の間には、御天守見通絵図、御天守方角板、遠眼鏡などが置かれていました。
四の間には御用人が着席するとあります。

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遠眼鏡が有ると言う事は、5階の窓は展望窓で、藩主はここから城下を展望していたと言うことですね。
入側(武者走り)には東西南北に各一つずつ窓台が置いて有りました。

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10月 3rd

名古屋城木造天守閣模型を作る(34)

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東面・西面の唐破風が完成しました。

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北面・南面の千鳥破風が完成しました。

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4階まで完成です。
残すところ5階のみとなりました。

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上から見た所。
破風だらけですね。

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9月 30th

名古屋城木造天守閣模型を作る(33)

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4階の屋根ができあがりました。

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破風板をとり付けます。
東面・西面の唐破風は3階屋根の大きな千鳥破風に覆い被さる形になります。
北面・南面の千鳥破風には破風の間は有りません。

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9月 26th

名古屋城木造天守閣模型を作る(32)

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東面・西面の大きな千鳥破風完成。
これで3階まで完成しました。

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次は4階の屋根です。
軒桁を取り付け、屋根材を貼り付けていきます。
屋根材の長さが短くなってきたので母屋は有りません。

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だんだん高くなってきて、立ち上がっての作業が多くなってきました。
カッターマット上でカット、立ち上がって取り付け具合確認、カッターマット上で微調整、立ち上がって接着という具合です。
いい運動になっていますが。

9月 22nd

名古屋城木造天守閣模型を作る(31)

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比翼入母屋破風完成です。

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次は東面・西面の大きな千鳥破風を作ります。

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破風板を取り付け、屋根材を貼り付けていきます。

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9月 19th

名古屋城木造天守閣模型を作る(30)

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3階南面と北面の破風は千鳥破風に似ていますが入母屋破風です。

写真左が千鳥破風、右が入母屋破風です。
千鳥破風は屋根の裾が隅棟(南面の屋根と東面の屋根が接する部分)に届いていませんが、入母屋破風は裾が隅棟まで届いています。名古屋城の場合はそのまま伸びて3階の屋根の一部になっています。
破風の屋根のラインと3階の屋根のラインがずれないように作らなければなりません。

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屋根材を貼って行きます。

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破風板を取り付けます。

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破風の屋根材を貼り付けます。
3階の屋根と破風の屋根に段差ができないように作ります。

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東面と西面が貼り終わりました。

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9月 15th

名古屋城木造天守閣模型を作る(29)

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3階の屋根を支える母屋と軒桁を作ります。

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屋根板の基部は4階の柱の根元に来るので、4階の外回りの柱を立てます。

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4階武者走り上の梁を付けます。

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5階の外回りの壁も作ってしまいました。

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次は南面・北面の入母屋破風を作ります。
これはかなり難しそう。

天守閣内には37の部屋が有り、ほとんどは畳敷きの座敷です。
部屋の周囲四面はほとんどが引き戸で、まれに板壁が有ります。
これらの部屋は何に使われていたのでしょう?
金城温古録によると、ほとんど使われていなかった事がわかります。
藩主が天守閣内に入ったのは生涯を通じて数度と言う事です。
その際には何らかの儀式が有ったらしいと言う事は5階の説明を読むとわかります。

平時は天守閣は固く施錠されて封印紙が貼られています。鍵の管理は厳重を極め、城代家老が保管しています。最初は藩主が保管していましたが、参勤交代の時に不在になるので城代が保管するようになりました。
城代から鍵の入った箱(封印されている)を預かり解錠するのは御天守鍵奉行の役目です。
毎日、朝・昼・晩確実に施錠されている事を御本丸番の役人が確認します。

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毎月6日と21日に天守閣の掃除を行います。
鍵奉行が解錠し、同心10人が天守閣内に入ります。
日頃使われていない所だし、広大な場所ですから、多分掃除はせず窓を開けて風を入れていただけと思われます。

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