


2階の破風が全部完成しました。
これで2階まで完成です。
屋根板を張り付けるとせっかく作った内部がほとんど見えなくなりました。
まあ、見る事より作る事が楽しいので見えなくなっても問題無いのですが。
模型を作る際には昭和実測図を細かく確認しながら進めるのですが、金城温古録と言う本で当時の状況を想像するのも楽しみの一つです。
金城温古録は、文政年間に掃除中間頭本役・奥村得義が藩の命を受けて仕事の合間に記した名古屋城の記録です。
名古屋城大百科とも言うべき本で、各種手続きや習慣まで細かく記されています。
金城温古録の図面によると、1階はいろいろな部屋が有り、いろいろな物が置かれていたようです。
中央の大きな部屋は物置で、他が全て畳敷きなのにここだけは板張りです。調査時点では空き部屋であったということです。
左の方に水帳の間があり、地検帳の入った箱8棹が置かれていました。
図面右下は井桁の間と言われ、地階からの階段と2階への階段、刀架と流しが有ります。
地階の井戸の真上に流しが有り、天井に滑車が付いていて、1階でも水が汲めるようになっていました。
他の部屋は全て座敷で、周りはほとんどが引き戸ですが板壁になっている部分も有ります。
引き戸は、木製なのか、襖なのかは不明ですが、5階の部屋の説明で「御間内境、御襖無く、常に御四間透通しにて」と書かれていますから襖だったかも知れません。
武者走り(入側と言うそうです)には武具が置いて有りました。
調査当時には武具は置いて無く、目録の入った箱が置いて有ったようです。
2階から4階までの説明はほとんど無く、「此より上四重目までは御差置の品無之」と書かれていて、図面も畳の数しか書かれていません。
階段を上がって行っても空っぽの部屋ばかり見る事になります。
なお、畳は長辺が7尺(210センチ)の大京間畳です。

千鳥破風の屋根板を作ります。
かなり反っています。
ガイドを当てて、同間隔になるように張り付けていきます。
南面と北面の破風が完成しました。
次は、東面と西面の千鳥破風を破風の間の上に作ります。
同じ形の千鳥破風が2つ並んでいるので、比翼千鳥破風と言います。
破風は装飾のために設けられているように見えますが、大切な役割が有ります。
城には狭間と言う、弓や鉄砲で攻撃する穴が壁に開けられているのが一般的です。
狭間からの攻撃は大きな屋根が邪魔して、近くまで攻められると無力になります。
そこで、破風の中に部屋(破風の間)を作り屋根の軒先近くから直下の敵を攻撃できるようにしています。
なお、名古屋城天守閣の壁には多くの狭間が設けられているのですが、漆喰で埋められていて外からは狭間の有る事がわかりません。
戦になったら、漆喰が打ち抜かれ、狭間が現れます。
壁は45センチ厚の土壁で、中には厚さ12センチの欅の板が鎧状に設けられ、大砲でも撃ち抜けないくらい頑丈に作られていたそうです。
なお、2階の出窓も単なる飾りでは無く、床板が外せるようになっていて、直下の敵を攻撃できるようになっています。

作っておいた武者走り上の梁を付けます。
2階の屋根の上には唐破風が4つ、千鳥破風が6つ乗っています。
まずは、南面・北面の唐破風を作ります。
これが唐破風です。左上が千鳥破風。
唐破風は軒先まで有りますので、唐破風が乗る部分の屋根材を切り取ります。
少し立体的にするために、5枚の板を切り出し、接着します。
4セット作ります。
唐破風の前面部分を接着します。
屋根材を作ります。
現物合わせで大きさを調整しながら張り付けていきます。
一つ完成しました。
同じものをあと3個作ります。

四隅を除いて2階の屋根材の張り付けが終わりました。
だいぶ城の形が見えてきました。
隅は屋根材一本一本をあてがってカットしていきます。
短くカットし過ぎると軒先が揃いませんのでやり直しになります。
11本の屋根材を少しずつ短くして張り付けていきますが、最後の方はだんだん上に反っていきますし、支える部分も少ないので難しくなります。

破風の間の位置決めをします。
武者走り上の梁に土台を造り4本の柱を建て、床をおきます。
武者走りから降りるための階段を付けます。
最初は破風の間の壁も作るつもりでしたが、他が柱だけで壁が無いので床だけとしました。
2階の屋根は実寸では8メートルほどもある大きなものです。
わずかに反っています。
1階の屋根のようにヒノキ棒を切って張り付けるだけなら簡単ですが、この反りが無いとゴツい屋根になってしまいますので、反りを作ります。
名古屋城総合事務所蔵 昭和実測図より
1階の屋根は5ミリ幅のヒノキ棒でしたが、2階の屋根は1センチ幅のヒノキ棒から切り出します。
屋根材を張り付けていきます。

2階の屋根は大きいので、武者走り上の梁に柱を立て、横木を渡して支えを作ります。
屋根を支える部分を母屋(もや)と言うらしいです。
梁の上に立つ柱は細すぎて接着剤だけでは立ちません。
2ミリ幅、厚さ1ミリのヒノキ棒の先端を釘の先端のように削り、梁に1ミリの穴を開けて模型用の小さな金槌でたたき込みます。
細い棒ですので、慎重にたたき込まないとすぐに折れてしまいます。
立てた棒を2ミリ幅、厚さ1ミリのヒノキ棒でサンドイッチします。奥より1ミリ低い位置に手前の棒を接着します。
柱と柱の間の隙間を埋め、余分な部分をカットして完成です。
屋根材を乗せる準備ができました。
すぐに屋根を乗せたいところですが、破風の中には部屋が有りますので、先に部屋部分を作っておきます。
破風とは、写真の黒い三角の部分です。

破風の中はこうなっています。
これは現在のコンクリート天守閣に展示されていたカットモデルです。

2階の柱で使ったホゾ穴は3階では半間分ずれているので使えません。
ここは埋めてしまいます。
3階外回りの柱を作ります。
1階、2階の柱と違ってホゾが有りません。
5ミリ角の断面しか無い柱は、接着剤でくっつけてもすぐに外れてしまいます。
釘隠しを作った真鍮釘の残りを埋め込んで画鋲のような形を作ります。
これだけで柱が外れる事は防げます。
ホゾ組をしないので柱を立てても不安定です。
上端の位置を揃えてクリップで止め、接着が完了するのを待ちます。
武者走り上の梁を作ります。
3枚の板を貼り合わせ、形を整えます。
整形前の梁を取り付けて長さに過不足が無い事を確認。
これは一旦取り外し、形を整えて、2階の屋根が完成したら接着します。
模型を作っていると、資料をいろいろ調べる為に、今まで知らなかった事とか、誤解していた事がわかってきます。
天守閣には殿様の居室は無く、柱と引き戸ばかりで巨大な倉庫のようなものだということがわかりました。
現在天守閣の木造復元が計画されていますが、完成したばかりの時は大勢の人で混雑するでしょうが、どの部屋を見ても同じ造りで、しかもがらんどうですので、リピーターは少ないのでは無いかと思います。
。
殿様は、天守閣では無く、本丸御殿で暮らしていたとばかり思っていたら、実は本丸御殿は江戸の将軍のために建てられたもので、尾張の殿様は二の丸御殿に住んでいたそうです。
どうりで復元された本丸御殿を見た時に生活感を感じなかったわけです。
2階以上の屋根の上に破風が乗っていますが、単なる飾りでは無く、中に部屋が有ります。
作業工程がひとつ増えてしまいました。
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