地階を作ります。
昭和実測図です。
地階は、金城温古録では「御蔵之間」となっています。
礎石から80センチほど高い位置に床が作られており、「外ケ輪石垣」の中に埋もれた形になっています。
下の図のグレーの部分が「外ケ輪石垣」で、濃いグレーが土、薄いグレーが石垣です。
地階は作るつもりは無かったので材料は用意してありません。あり合わせのベニヤ板を使います。
昭和実測図を元に御蔵の間を描きます。
周りの石垣部分を5ミリ厚のベニヤ板で囲います。
御蔵之間部分をベニヤ板で作ります。
御蔵之間は礎石から80センチほど高い位置に作られているので、裏側に5ミリ厚のスチレンボードを2枚合わせて貼り付けます。
表面に1ミリ角のヒノキ棒で敷居を作ります。
あり合わせの板でかなり汚いのでオフホワイトの塗料を塗ります。
最初に作った板に貼りつけます。
敷居にホゾ穴を作ります。
ホゾ穴にピンを立て、両側を2ミリ厚の板ではさみ、ピンとピンの間を埋めます。
ピンを抜くと、敷居と全く同じ形の梁ができます。
敷居と梁の間に柱を立てます。
間仕切りを取り付けます。
御蔵之間の周囲に5ミリ厚のベニヤ板を貼ります。
明かり取りの格子窓と床板を作ります。
格子窓と床板を貼り付けました。
床板に横木がたくさん打ち付けられていますが、床が傾斜しているので滑り落ちないようにするためです。
格子窓から外光が取り入れられているイメージです。
格子窓近くの床に取り付ける揚戸開閉レバーを作り床板に貼り付けます。
外光を取り入れる仕組みは以下のとおりです。
外から見た外光取り入れのための装置です。縦型の雨戸ですね。
綠色の板は内側のロープを引くと上がる揚戸です。
黄色の部分が揚戸を上げると露出する格子窓です。
内側はこうなっています。
黄色い部分が格子窓、オレンジ色の部分が開閉レバーです。
開閉レバーにはロープがくくりつけられており、レバーを手前に倒すとロープが引っ張られ、外の揚戸を引っ張り上げます。
横から見た図です。
オレンジ色のレバーを手前に倒して床板に固定されています。
ロープが引っ張られ、揚戸が持ち上がっています。
レバーの固定を解除し、垂直に立てるとロープが緩み揚戸が下ります。
天守への入り口を作ります。
グレーに塗った手前部分は鉛の板が貼り付けられていました。
一段高くなった奥の部分と右側の部分は瓦が貼り付けられていました。
通路奥は緩やかな傾斜になっていて、石造りの階段を上がると御蔵之間です。
入り口には門が二つあります。
小天守から橋台という通路を通って最初に通るのが口御門、次に通るのが奥御門です。
口御門と奥御門の間の広場は「枡形」と言います。天守の中に枡形が有る珍しい形です。
口御門と奥御門を取り付け、外ケ輪石垣部分を2ミリ厚のシナベニヤで覆います。
井戸の井桁を作ります。
初層に有るものと同じ形ですが、初層のものより厚みが有ります。
井桁を取り付けます。
初層への階段を作ります。
左が表階段、右が御成階(おなりはしご)です。
表階段を取り付けます。
御成階を取り付けます。
寛永11年(1634年)に将軍徳川家光が来城の際に使用したためにこの名が付けられたとされています。
口御門から奥御門に至る枡形周囲の石垣を作ります。
天守内に石垣が露出しているのはここだけです。
枡形周囲に貼り付けます。
石垣の壁に3本の柱を立てます。
地階が完成しました。
外側はまだベニヤ板むき出しです。
次は外側を石垣で囲みます。
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